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ゲームは教育に不要だと思う。

昨日、学校の先生を目指していた友人がこんなことを言っていたので少しお話を聞きました。
結構面白かったので少しこっちにまとめておこうかなとおもったんす。


まぁ会話の中でしかも僕がそう捉えただけなので本人が伝えたかったこととは離れているかもしれないけれど
要は彼の意見はこんなかんじでした。

①親がゲームにのめり込んで育児放棄する人が30%もいる。
最初は「ほほー!」って思いました。ゲームをプレイしていてそれを注意されることによって
家庭内暴力などが発生して育児放棄や離婚などに発展した人が問題を抱えた家庭のうち30%もいるそうです。
それは彼が調査して出した結果らしい。

これに関して僕が返した言葉として「実際そのパーセンテージがゲームしている家庭の全体に対してどれほどの人数なのかが重要なのでは」と聞いた。
話を聞いていると、ゲームが原因となって言うのは全体で3番目らしい。
一番多いのは「ギャンブルによるトラブル」。これはすごくわかるし、ってかそーだろとしか言い様がない。
2番目はなんかよくわからなかった。
彼いわく、どういう値にしろそういう事実があることには変わりない。っと言われた。
確かにそのとおりだと思う。

でも、個人的にはゲームを親がプレイしている家庭に対してどれくらいの比率だったのかが気になる。
親がゲームしている(た)家庭のうち70%が離婚や事件を起こしていればこれは問題、由々しき事態だと思う。
だって家庭を崩壊させる可能性がすっごく高いんやから。

でもそのデータはないらしい。
ネットで調べてもうまく見つけられなかった。

正直、世の中恋愛が原因で殺人事件だって起きるし、お金のやりとりとか様々な原因はある。
じゃあそれに対して恋愛禁止になったりはしない。事実があるということを認めているけど認めても結果は変わらない。事件なんてなんにでも引き金になるというのが僕の考え。


②ゲームが子供の教育においてなんのメリットもない。
「スポーツを続ければ心身ともに鍛えられ健康的な子供に育つが、ゲームを続けたところでそんな効果はないんだしむしろ退化してしまって悪影響のほうが強い。子どもの教育をする上ではやはり不要なものなんだ。」
多分要約するとこういう事を言われていたんだと認識している。

全体的に何も間違ってはいないとは思う。
でも正しいことを言っているとも思っていないのが僕の考え方。

確かにスポーツを続ければ心身ともに鍛えられる気はする。
その子が将来スターになってすごい大金持ちになるのかもしれない。
何が起こるかわからないよね。

でもその子供はなんでそのスポーツを続けられたんだろう。またそもそもなんでそのスポーツをしようと思ったんだろうか。親が好きで最初はいやいややらされていたかもしれないけど、どんどん魅力に取り憑かれて続けたのか。それとも親に何か握られていて続けざるをなかったのか?はたまた家計を助けるためなのか。

なんにせよ大事なのは「継続した」ことじゃないかなと思う。
10年ずっとそのスポーツに打ち込んで頑張ってこれたからこそ結果が出て心身ともに強くなったんだと思うの。
スポーツをやっていても「糞が!」ってなってこんな記事を書いている俺だっているわけだ。6年バスケやった結果やで。
逆に言えばゲームを10年やり続けた人が実はどこかでちゃんと大成しているかもしれない。
体が鍛えられてはいないかもしれないけど、正しい食生活は送っているかもしれない。
結果的に健康的で毎日ちゃんと働いているかもしれない。

確かにゲームの依存性は高い。
気軽に楽しめるし、簡単に勝利をつかむこともできる。
でも娯楽ってそういうものなんじゃないのって思う。ドラマや映画だってそう。

10年間スポーツをし続けてその人が心身ともに強くなったって生きてはいけない。社会ではお金を稼ぐ必要があるんだから。ゲームを遊び続けただけでもお金は稼げない。
どれか一つしかなしなかったら誰だってどんな人間でもダメになるし生きていけない。

ゲームばっかりやってるッて思うのはゲームをやっている姿しか見ていないから。
事実学校へ行っている時間は勉強させられてる。でもそれを見ていないゆえ「勉強ばっかりしてる」とはならない。5時間机の上でずっとドリルをこなしていたら不安になると思うんだけど、実際そうはならないかもしれない。
それは「勉強する事=正義」という方程式が世間で成り立っていると思っているから。

でも、それは僕はすごく危険だと思っている。
子供には自主的にやりたいことをちゃんと見つけさせることが必要だと思ってる。
でなければ社会で結局クソみたいな大人の下で働かされて行くだけ。

ゲーム自体教育の現場(学校や塾)においては必要ないかもしれない。
でも子供の教育においてその子がどのような人生を進んでいくかの選択肢の一つとしてゲームは存在しているし、ゲームにかぎらずこの世の中にあるもの全てが存在すべきだと思う

数3数Cがめちゃくちゃできたって料理人にとっては糞の役にもたたんのである。
算数が出来りゃあ美味しい料理は出せるんだよ。

「勉強しなさい!」
「スポーツしなさい!」
は、自分が描く子供の成長の理想を押し付けているだけであって結局自分の子供を自慢したいだけなんだ。
確かにその子が幸せに生きていくためにとは思っているだろうし、その考えには賛成する。
でも自分の知らないよくわからない世界にいると、急に不安になる。
スポーツしないと心身が鍛えられないし、勉強しないといい大学や会社に入れないっていうのは
大雑把としてはあるが、それ以外に生きていく道はいっぱいある。
音楽や絵画で生きている人もいるんだから。

でもなんでそうしないといけないのかは今までちゃんと説明している人を見たことがない。
その道を邪魔するものがゲームであり娯楽だから排除したくなるんじゃないかな。


最後にゲームのメリットを説明してッて言われてその時は思いつかなかったけど
まとめているサイトがあったので良かったら読んでみて。
http://papimami.jp/13537




総括すると
俺はゲームを支持して生きている人間だから、どうしても上手く生きていける世の中にはなってほしいなっていう
願望からこういう考え方をしてるんだとはわかっている。
でもゲーム作る人は少なくともこうはあってほしいなとも思う。
よく子供ができた親クリエイターさんが「ゲームさせたくない」っていうのを聞いてよく悲しくなってたのを思い出した。
ひっさしぶりです。

完全に忘れてました。


PS4を手に入れてからというもの、ゲームで遊びまくりまくってました。

デスティニーとか、デスティニーとか!!


で、最近のソーシャルゲームとかもいろいろやっていましたが、これからは共闘できるゲームじゃないとダメですよね。
って思いました。


この今更感!!!


携帯機で遊べる利点はやはり人に会いながら遊べる事
家庭用機で遊べる利点は大画面で大規模ゲームを遊べる事。


しかし、今はどちらも通信技術が必要とされています。これが開発規模を大きくしている要因であるのは間違いないです。
多分普通に一人で遊ぶだけのゲームを作るなら騒がれるほどでもないかもしれません。

そうでもないゲームもありますけども!

遊ぶんでもらえるためなら様々な要素を入れる必要があって、その要素を作る人たちが必要なんです。
何か一つの遊びだけを提供してもいいんですけど、最近はそれでは満足してもらえないんです。


「ユーザーは高精細なグラフィックに自由度の高い操作性なんて求めてない。楽しかったらいいんだよ」

という言葉はよく聞きますが


「だからその楽しかったらってなんやねんしばくぞ!」


てなるわけですよ。


で、最近思ったのは


「人と好き勝手に遊ばせておいたら、勝手に思い出とか出来て楽しいってことになるんだろうな」ってことです。


勝手に思い出ができるっていうのが大事で、意図しないプレイが笑いや楽しみに変わる瞬間があってそれがいいんだろうなって思う。

FF14とかもやっていたけども、正直作業でしかない。
敵の倒し方や技の出す順番などを頭に叩き込んで、間違えたら大変。
アイテムも自分が何かを手に入れて来れる保証もない。

そう言う限定的な「苦痛」を与えることがもうゲームとして厳しいんじゃないかなと。だってそれがないと遊べないんですから。


デスティニーはそう言った「苦痛」の部分をなるべく緩和していました。喧嘩が起きにくい。
ただ、それでもドロップ率とかはあるからどうしても手に入れられないモノとかも出てくるけど、何かしらはゴミでも手に入る。


そういう人の感情がどう動くかって結構海外では研究されているのかもしれないけど


いつまでたっても日本は討論して自分の考え方を押し通す方法ばっかり考えているなーって思う。

ある意味この日本のプランナーが一番頭固いかもしれない。


いやー、人生で初めてほぼロンチで次世代ハード買いました。
VITAも発売1週間後に買いましたけど、家庭用は初。
本体自体は思っていた以上にコンパクト。
コントローラーが最初タッチパッド部分ダサいなーって思ってたけど
握ってみるとフィット感がすごくいい。

さてプレイしたゲームは「KNACK」
クリアーしてわかったんだけど、ソニーのJAPANSTADIOで作ってるから、トップのマークサーニー
以外はスタッフロールにたくさんの日本人の名前。

知らなかった・・・。

で、プレイ感想だけどかなり面白かった。

マリオのように「マリオ」と「スーパーマリオ」の状態で遊び方や得られる感覚が
違うようになっていて、久しぶりに「( ・∀・) イイネ!」って顔になりながら遊んでた。

シナリオはすごくバタ臭くって、シナリオ中色々と「なーんでーやねーん!」ってなる
ところが多かった。

あとビクターははやく博士を「不法侵入」と「器物損壊」の罪で訴えればよかった。


ビクター「博士!訴訟します。あなたの作ったKNACKが私のロボットたちを意味もなく破壊しているのですよ!」
博士「いやしかし、これは我々の平和のためで・・・」
ビクター「明らかに警備しているだけのロボットを壊す必要はないでしょうに!」
博士「いやでも・・・」

みたいな。


ビクター圧勝やん。

まぁ博士はなるべく泳がせたかったんだろうけど、KNACKが邪魔ならまずは根本を
経てばいいのになーって思いながら、子供向け風ゲームに大人気ない気持ちで遊んでいました。


途中ででっかいブラックロータスみたいなのが出てきたけど見なかったことにしました。



~ゲーム性~
一本道をただひたすら進みながら、出てくる敵達を殴り倒していくアクションゲームです。
でも、進んでいくにつれてナックがでかくなっていくので、かなりでかくなると
急に敵達が

( ゚д゚)

ってかおしながら攻撃してくるのをやめます。
あとは踏むだけ。


まぁアレですよ、弱い者いじめは


きもてぃー!


現実は良くないよ?良くないからゲームの中ではいいんじゃない!
正直歯向かってくるから攻撃しているだけなんだけど、とにかくでかいし途中で
戦車ぶち壊したらそのまま投げたりと、操作自体は少ないんだけど、
楽に、そして大胆に遊べるので最後まで少ないストレスで遊べました。

ほぼ使うの×と□だけだからね。


~グラフィック~
初めてプレイしたので

「あぁ綺麗な画面やねぇ。PS3よりもさらに透明感出たなー」って思ってたら

ナックのパーツが全部バラバラで処理されてる・・・。


ナックとは丸いコアを中心に積み木のパーツみたいなのがバラバラとくっついた


パワ○ロくんみたいなやつなんだけど

このナックのHPがゼロになると、そのパーツが吹っ飛ぶ。
しかもめちゃめちゃ細かく。

コアは丸いので吹っ飛んだ衝撃でコロコロ転がったりしてもう


「どんだけ計算してるんだよ!」って感じ・

敵とかも破壊するといっぱいパーツが外れたりと、気が遠くなるような作業だったんだろうなと
思わざるを得ない。それでもそれが爽快感や、敗北感を産めるのであれば正解だと思う。


あと、ゲーム自体ダウンロードだったからなのかすごく読み込みが早い。っていうか最初にある
だけであとはほとんどない感じ。一本道だけどオープンワールドっぽくて
カクツキもほとんどなくスゴイ出来だった。


最近ゲームバランスが複雑化していたけれど、シンプルなわかりやすいデザインの中に
巧妙な罠を仕掛けるマリオ的手法がとられていて、僕はすごく楽しかった。


難点を挙げるとすると、段差を飛び越える時の引っかかり方と
ナック自体サイズがコロコロと変わることもあって、敵との距離感がつかめず
よく攻撃を空振りしては殺されていました。

特に段差はひどい。

最大2段ジャンプまで出来るんだけど、1段ジャンプが低いのと前方に綺麗にあまり
飛ばないので、なかなか段差を登れないなんてことが起きる。

そういう時に限って上から弓矢とかの遠距離攻撃を食らったりするので
あの部分だけはとにかく何とかしてもらいたかった。


まだ本体自体使いきれていないけど、次世代感は感じる。
あとはもっと開発が効率良くなってくれれば、コンシューマもいろいろなゲームが
作れるようになるなーって。
ユーザーの感覚ではPS2ぐらいの雰囲気が帰ってくるんじゃないかなっとは思っている。
本体高いけどね。


まぁなんにせよ、開発者としてはかなり楽しみなハードなので
一度でいいからお近づきにはなりたいなーって思った。
おー、ゲーム開発中、特に企画者がよく口にする言葉が出てきましたね。

実はこれはゲーム以外でもなんでもそうなんだけど必ず考える必要があって、必ず潜んでいるもの。
一つの商品には必ずこれが無理やりにでも作り出せることができる。


でもこの辺ちゃんと自分で考えてみんなに理解してもらいたいよね。運でお金儲けは中々お天道様が許しちゃくれねぇ。

んでんでんでー


まぁ僕がこの「テーマとコンセプト」をどう考えてるかというと

テーマ=ゴール
コンセプト=走る道

って思ってます。そのゴール(テーマ)に向かってどういう走る道(コンセプト)を立てるのか、ということです。

ゴールすべき場所が無いのに走る道だけ決めてもまぁ難しいですし、ゴール決めても走る道がなきゃそこまで走っていけないもんです。

だからどちらも決めてないとダメなのはお分かりいただけたと思います。
でも逆に言えばなんでもいいっちゃいいんです。


ゴールを決めてとりあえずテキトーに走ってりゃそこにたどり着くでしょう。この場合「テキトーにする」がコンセプトですね。でもこれだといつゴールできるかわからなくてしんどいんですが。

走る道だけ決めてもあとは「吐くか倒れるか死ぬまで走る。」これはコンセプトを先に決めてゴールを決めたパターンです。
これでも成り立ちますよね。

つまり、テーマとコンセプトを決めることは重要ですが、決める順番に関してはどちらでもいいのです。

企画を考える上で「これはどこへ向かうのか?(テーマ)」「どうやってそこへ向かうのか?(コンセプト)」が決まってないと


何がしたい企画なの?


ってなってしまいます。
だから学生の人はこの二つ考えないといけないとても大変なことなんです。


ん?ゲーム会社のひと?

この人たちは実は就職した時点で、ゲームクリエイターになった時点で超絶大きなテーマが決まります。

「売れるゲームを作ること」

このテーマのために
・ガンダムの対戦ゲーム
・カードを使ったソーシャルゲーム
・アイドルたちをプロデュースするゲーム

とかが発想で生まれるわけです。
ただあまりにも元のテーマが大きすぎて、そのゴールへの道のりが長すぎるんですよね。
この場合、それまでのコンセプトはプチテーマに変わり、新たな道新コンセプトが必要になるのです。それが

・2vs2のアクション
・ドラゴンと魔法の世界で戦う
・音ゲーをさせてステージで躍らせる

とかが生まれてくるんです。
じゃあこれもどうやって実現しようか。どんな遊び方にしようか、という風に下へ下へと降りていって行くわけです。そして気がつくと一本の道ができてゲームの企画になるんです。


その企画ちゃんと道筋だってますか???
別にスポコン的なことを求められるわけじゃないけどね。

でも、んむ、根性って大事。
社会に入って、根性論だの精神論だの言われるとムカつくし
自己啓発とか俺絶対やだもんね。

そもそも給料少ないし。

でも、何故かこの業界にいるしゲーム作りたいってずっと思ってる。
なんでやろうか。

そりゃ僕は信念を曲げられない性格で、一生ゲーム作るって決めたから
何があってもこの業界にはいるつもり。

でも、それはに根性が必要でしょ。

・仕事で失敗した。
・上司に怒られた
・作業が終わらず残業しても終わらず徹夜

こういう時、根性以外何で現状キープできるんだろうか。

辛かったらやめる。

まぁそれも一理ある。この会社は俺には合わなかったっていう理由もあるだろうし。

他の仕事がどれだけ大変かわからないけど
少なくとも自分がやりたいことを貫き通す根性が必須だろうね。

入社してすぐプロデューサーになって人をこき使いまくった挙句、ちゃんとゲームは売れた
なんて話は聞いたことないし。そもそもプロデューサーが楽な仕事なわけではないしね。

ゲーム会社って思いのほか「体育会系」なところは否めない。
それを自分の能力で回避するか、真正面から受けるかのどちらかでしかない業界なんです。

自分の能力で回避っていうのは、すごく仕事ができて毎日自分の作業は定時前に終わらせ
飛び込みの作業も終わってる。

そういう人見たことないわ。



辛そうで大変そうで嫌だなって、一瞬でも思ったらこの業界は諦めたほうがいい。
俺とかむしろそれわかった上で

会社泊まれるとか面白そう!

とか思ってた。そしたら最近労働基準法とかどーとかでとまれなくなってる。ショック!!


まぁこれも僕の精神異常によるものなのかもしれないけど。


だれが変態じゃい!
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