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おー、ゲーム開発中、特に企画者がよく口にする言葉が出てきましたね。

実はこれはゲーム以外でもなんでもそうなんだけど必ず考える必要があって、必ず潜んでいるもの。
一つの商品には必ずこれが無理やりにでも作り出せることができる。


でもこの辺ちゃんと自分で考えてみんなに理解してもらいたいよね。運でお金儲けは中々お天道様が許しちゃくれねぇ。

んでんでんでー


まぁ僕がこの「テーマとコンセプト」をどう考えてるかというと

テーマ=ゴール
コンセプト=走る道

って思ってます。そのゴール(テーマ)に向かってどういう走る道(コンセプト)を立てるのか、ということです。

ゴールすべき場所が無いのに走る道だけ決めてもまぁ難しいですし、ゴール決めても走る道がなきゃそこまで走っていけないもんです。

だからどちらも決めてないとダメなのはお分かりいただけたと思います。
でも逆に言えばなんでもいいっちゃいいんです。


ゴールを決めてとりあえずテキトーに走ってりゃそこにたどり着くでしょう。この場合「テキトーにする」がコンセプトですね。でもこれだといつゴールできるかわからなくてしんどいんですが。

走る道だけ決めてもあとは「吐くか倒れるか死ぬまで走る。」これはコンセプトを先に決めてゴールを決めたパターンです。
これでも成り立ちますよね。

つまり、テーマとコンセプトを決めることは重要ですが、決める順番に関してはどちらでもいいのです。

企画を考える上で「これはどこへ向かうのか?(テーマ)」「どうやってそこへ向かうのか?(コンセプト)」が決まってないと


何がしたい企画なの?


ってなってしまいます。
だから学生の人はこの二つ考えないといけないとても大変なことなんです。


ん?ゲーム会社のひと?

この人たちは実は就職した時点で、ゲームクリエイターになった時点で超絶大きなテーマが決まります。

「売れるゲームを作ること」

このテーマのために
・ガンダムの対戦ゲーム
・カードを使ったソーシャルゲーム
・アイドルたちをプロデュースするゲーム

とかが発想で生まれるわけです。
ただあまりにも元のテーマが大きすぎて、そのゴールへの道のりが長すぎるんですよね。
この場合、それまでのコンセプトはプチテーマに変わり、新たな道新コンセプトが必要になるのです。それが

・2vs2のアクション
・ドラゴンと魔法の世界で戦う
・音ゲーをさせてステージで躍らせる

とかが生まれてくるんです。
じゃあこれもどうやって実現しようか。どんな遊び方にしようか、という風に下へ下へと降りていって行くわけです。そして気がつくと一本の道ができてゲームの企画になるんです。


その企画ちゃんと道筋だってますか???
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別にスポコン的なことを求められるわけじゃないけどね。

でも、んむ、根性って大事。
社会に入って、根性論だの精神論だの言われるとムカつくし
自己啓発とか俺絶対やだもんね。

そもそも給料少ないし。

でも、何故かこの業界にいるしゲーム作りたいってずっと思ってる。
なんでやろうか。

そりゃ僕は信念を曲げられない性格で、一生ゲーム作るって決めたから
何があってもこの業界にはいるつもり。

でも、それはに根性が必要でしょ。

・仕事で失敗した。
・上司に怒られた
・作業が終わらず残業しても終わらず徹夜

こういう時、根性以外何で現状キープできるんだろうか。

辛かったらやめる。

まぁそれも一理ある。この会社は俺には合わなかったっていう理由もあるだろうし。

他の仕事がどれだけ大変かわからないけど
少なくとも自分がやりたいことを貫き通す根性が必須だろうね。

入社してすぐプロデューサーになって人をこき使いまくった挙句、ちゃんとゲームは売れた
なんて話は聞いたことないし。そもそもプロデューサーが楽な仕事なわけではないしね。

ゲーム会社って思いのほか「体育会系」なところは否めない。
それを自分の能力で回避するか、真正面から受けるかのどちらかでしかない業界なんです。

自分の能力で回避っていうのは、すごく仕事ができて毎日自分の作業は定時前に終わらせ
飛び込みの作業も終わってる。

そういう人見たことないわ。



辛そうで大変そうで嫌だなって、一瞬でも思ったらこの業界は諦めたほうがいい。
俺とかむしろそれわかった上で

会社泊まれるとか面白そう!

とか思ってた。そしたら最近労働基準法とかどーとかでとまれなくなってる。ショック!!


まぁこれも僕の精神異常によるものなのかもしれないけど。


だれが変態じゃい!
「学生なのですが、今のうちにどのようなことをすればよいでしょうか」

という質問を受けまして〜ん。

確かに私が学生の時も何をすればいいのかわからなかったもんです。

なので何をすればいいんだろうって考えました。

一番手っ取り早いのは何かものづくりを体験することです。

今はゲームジャムとかありますし、ネットで同人のお手伝いぐらいはできるんじゃないですかね。

でも僕はそれよりも、学校の文化祭やそういった行事でまとめ役になったり
設計や運営を学ぶほうが早いと思います。
学級委員長をやるのもいいと思います。生徒会はむしろやらないほうがいいかも。
生徒会は学生をまとめるわけじゃなくて、学生の代表だったり学校の先生の言うこと聞くだけだったりするからね。

んで、その中でずっとわすれてほしくないのが

「ゲーム会社に入社することをゴールにしない」

ということです。
結構「スクエニ入りたい!カプコンでもモンハン作りたい」とかあると思いますけど
それは入社することが目的になっていて、現実を見ると何も面白く無い世界が待っていたりします。

どちらかと言うと、ゲーム会社に入社することは「スタート」です。
今どれだけゲーム開発のことを知ろうとしても、入社してみないとわからないんですよ。
だってみんな上辺のことしか言わないですし、そもそも開発していないゲーム会社ってありますからね。

だから、ゲームを作りたいを目標にすればもしかしたらゲーム会社に入らなくてもずっとゲーム作っていける人生だって見つかるかもしれませんし。ゲーム会社に入ることが絶対ではありません。


また、今のうちに「面白かったもの」を心にためておくことは重要だと思います。
ゲームでも、映画でも、漫画でも、友人との会話とかでも。
なんでもいいです。自分が好きなモノを好きな様に摂取して好きな様に感じることができるのは
学生のうちだけです。しかも貴重なお金で買うんですからそりゃね、とことんしゃぶり尽くして
いい悪いを把握するのがいいでしょう。

「あのゲームは詐欺だった!」

って学生のうちに感じたものたくさんあります。それが今では糧になっていたりします。

学生時代から「これは俺がゲーム開発する上できっとこういうことに役立つだろうな」と思いながら
生きていくとすべてが役立つと思います。

ゲームアイデアは世の中からしか見つからないんです。だったらその世の中をたくさん見ておくことが大事じゃないかなと思います。
「これは俺がゲームを作るために必要だから」って言い訳していたら、「これはゲームで使えそうだ!」ってものが見つかりますよ。それが授業中なのか部活中なのか、下校中の彼女との会話の中でなのか。

ちなみに「このアイデア実は学生時代に、彼女と下校していたら思いついたんです」っていう人がいたら
先生怒らないから挙手してください。

ぬっころします!!!許さぬ!!!!

ちっくしょう、今からでもいい、制服デートしてぇ!


まぁ他の人にゲーム開発者になるために今何をすればいいですか?ッて聞いたら全く違う答えが帰ってくると思いますけど、僕はこう思ってますし、こう考えて生きてきました。



時は縄文時代から人々はこの島で生活していた。
弥生時代に邪馬台国というのが出来てその後聖徳太子やら小野妹子やら平清盛が出てきて
鎌倉がー!
室町がー!
江戸がー!
幕府!ってなって大政奉還したら戦争で今に至るわけですね。


違うよ、そうじゃないよ!(ハライチ澤部風)


ゲームの歴史だよゲームの。

とは言っても

インベーダーから始まり
ローグがー!
イースがー!
ウルティマがー!
っていう話をしたいわけでもない。
(全部RPG・・・)


ゲームは常に進化します。だから必ず原素があるわけなんですよね。
我々がどうやってゲームを進化せたか。

簡単です。


「パクったんですよ!」


ユーザー「おい、パクるなんて最低だぞ!オリジナルでちゃんと作れよ!」

なんて言われましてもね。
無理なんですよ。

僕の中でゲーム開発って料理を作るのと同じだと思ってるんですよ。

オムライスを作って売りたいって思った時に
世の中でみんなが共通して持っている認識のあのオムライスを作って売りますよね?
でも、それに対して誰も

「パクリだ!」
なんて言いませんよね。


逆に言えばそのオムライスのつくり方研究なんかしちゃったりして、そこに自分なりの
美味しいと思う調味料の量や具材を変えたります。


ゲームも実は同じなんですよね。


アクションゲームをつくろうと思った時に、どんなアクションゲームを作ろうと思っても
必ず似たようなものがどこかに存在します。
むしろ存在しない全く新しいアクションゲームなら話は別ですが。

その時に必要なのが「なぜこのゲームにはこの要素が入っているのだろうか」
と考えてほしいのです。

マリオに得点表示されていたからー
ゼビウスにも得点表示あったからー
ではダメなんですよ。


「あのお店ではオムライスに松茸入れていたからうちもそうする!」

ってことになってもそもそも今旬じゃない松茸とかくえねぇし!
あっても高いのにどこから入手するの?資金は?

ってなります。

逆に「今、餃子がブームらしいからオムライスに餃子を入れて新しくて美味しいモノにしました」
ならOK。めっちゃ不味そうやけど・・・。


さてさて、じゃあゲームの歴史を知る必要が何故あるのか。
それは
「何故このシステムが必要なのか。」を見つけるのに一番楽だからです。

例えばアクションゲームの流れがどのようにしてきたかを調べれば
・何故キャラクターがジャンプするのか。
・どんな敵を倒す方法があるのか。

などいろいろ見えてくるはずなんです。


だからみんな昔のゲームとかを遊ぶんですよ。


ゲームのセオリーやパターンが何故今その形をしているのかを知ることで

上司になぜこのシステムを入れたのかとか
何がこのゲームの面白い部分なのか
なぜこのシステムがないのか!

がはっきり説明できるようになりますね。
企画書を書くときにも役立ちそうだし、パクる意味なども説明できるようになります。

あと、他のゲームをパクることにあまり嫌悪感抱かないほうがいいよ!
ということも含んだお話。
                                         やめろー >o(´■`o)
                                       日本の未来を守れー >o(´■`o)

いますぐ、無駄なチュートリアルは廃止してすぐゲームが遊べるようにせよー>o(´■`o) (拡声器使用)
  
                                        そうしろー >o(´■`o)
                                      平和なゲームの世界へー >o(´■`o)




いやもう本当に消えてくれまじで。


ゲームをプレイするユーザーがゲームをしたことがないなんてもう何年前の話だよ。


わかりますよ、わかります。ゲームってさ序盤難しく見えるかもしれないし
いざ遊ぶ時に何かわからないことが起こったらユーザー逃げちゃうからね。


もうね、こういう発想消えてくれればいい。

ゲームの仕様も企画もあんまり理解していない脳筋上司に見せるときにチュートリアルがあると
そりゃもう「あーわかりやすくていいね」ってなるんかもしれないですけど


ゲーム会社勤めててゲームプレイした瞬間にある程度遊び方ぐらい理解しろよ!

とは思いますね。


んでんでんでー (にゃー)

そもそもなんでチュートリアルが必要か分かって仕様作ってるんだろうか。
そしてそのチュートリアルがどれくらいのユーザーに訴求力あって効果が出ているのか、社長とかが大好きな「数字」になっているんでしょうか。

僕はこれまでソーシャルゲームたくさん関わってきましたが


「チュートリアルで離脱」する人がいるんですよ?


わかりますか?自分が手塩にかけて作ったゲーム。興味を引いてくれてダウンロードしたユーザーが


「ゲーム前のチュートリアルというゲームでもない部分で離脱」

してるんですよ。

1~2ステージ遊んでやめたらな「面白くなかったんかな?」「難しかったんかな?」って思いますけど

まだゲームの本質の部分にすら触れてもらえていない状態で離脱とか抱える頭が見つからないっす。


いつか見ておれよ((o(>皿<)o)) !!
お酒飲んだらきもちいよね!

飲めない人にはこの感覚がわからないだろうし、未成年がそんなこと理解してもダメなんだけど


お酒飲んでなくても酔っ払ってる人達がたくさんいます。


自分にな!


で、どういうことかというと、ゲームもお酒みたいなものだということ。


ゲームを飲み込んでも事故になるだけで絶対にするなよ、絶対にな!


ゲームプレイしていて「最後はこいつの必殺技できめる!」って考えたり

RPGで必要以上にレベルや攻撃力をあげたりするよね。

ぷよぷよとかだと意味不明なまでに連鎖したり。

面白かったりハマるゲームには自分が「酔える」部分があるんですよね。


つまり、ゲームしてるとついつい


「俺様の美技に・・・酔いな。」

って言いたくなる要素やシステムにしておくと楽しいのです。

しかし、お酒も飲み過ぎると嘔吐や睡眠に変わってしまいます。だから

摂取のしすぎは禁物

なのです。

ゲーム中で摂取しすぎると飽きちゃうんですよね。ゲーム中で飽きられてしまうと、続けるのが徐々に苦痛に変わってしまうのです。


なので「ここぞ!」とばかりに出せるようにしてあげるのがベストでしょう。


ただし、「気持ちのいい瞬間」が「自分に酔う瞬間」とは限りません。


まーこのブログでよく取り上げられるソーシャルゲームですが、あのジャンルには大体あるガチャ。こいつには自分に酔う要素はありません。
これは射幸心という「俺はラッキーだ!」というところを目的にしています。また何かと「大勝利だよやったね!」とかガンガン褒めてくるせいで、それが当然のようになっています。

逆に、フレンドや戦友から「有難う、あなたのおかげで助かったよ!」「次も期待してるよ!」などの激励の声を受け取ることができるようにしてあるので、課金している人たちは「俺のおかげでチームが勝っている!」と自分にようことができるわけです。

なので、売れてるゲームは大体こう言う「自分に酔う要素」っというのが入っています。

むしろないと不安でしょうがないんですよね。


だから、ゲームを作っている時に「何かが足りないなー」とか思ったら、実はそのゲームに「酔う要素」がないのかもしれませんね。

いやいやいや


面白いゲームを作るんだから、「面白いこと」を理解しないとダメでしょ。


そりゃそーですよ。


でも、ゲームを作りたい・今作っている人たちにとって面白いゲームなんて何本も遊んでるわけです。
そういう人たちと何が面白かったかなんて、その人が生きている中でもっとやっていることだし、むしろ言われなくてもやってることです。

だから「面白くない」を理解する必要があるんですよ。


面白くなかったゲーム途中でやめてる人多いですよね。

でもゲームを作りたいと思っている人はそこでやめないで、なぜ面白くないのだろうかという気持ちでプレイを続けて欲しいんですね。


「同じ過ちは・・・二度繰り返しては・・・いけない・・・(グフッ

そういうわけでもないのですが、何がダメで結局モチベーションを下げることになってしまったのか。
それを理解していれば、自分がゲームを作るときには必ずその失敗はしないはず。


逆に言えば、何が面白くなかったかをちゃんと理解したと思えばそこでやめたらいいと思います。


というわけで、僕が遊んでて「面白くない!」と感じながらも遊んだゲームをいくつか紹介。


・ドラゴンクエストモンスターズSL
プレイした時のドラクエ感といいキャラクターの個性の出し方といい素晴らしいないようになってますね。
褒めてんじゃん。
あんだけ売れてるんでそりゃ基本は褒めるところだらけですよ。
でもね
 
ドラクエでチュートリアルプレイさせてんじゃねーよ(怒

むしろ分かっていたことなのに、チュートリアルが入るとやっぱりイライラします。
電車という限られた時間の中で遊んでるんだからさっさと遊ばせて欲しい。どうせ途中でやめるし。という気持ちが強いので本当に嫌だった。


・ACE-R
オープニングのクロスボーンガンダムの映像と前評判から購入したんだけど
とにかく同じことを同じように数時間遊ばせるゲームだった。コードギアスやフルメタル・パニックなども参戦していたのだが、途中のランカの歌は何を押しても飛ばせないし、やたらバジュラ飛来していくという最後までマクロスF押しの作品。
もちろんどの作品を遊んでいてもマクロスFはしゃしゃり出てきます。

このゲームの開発者と知り合いである人から聞いた話では
「絶対にマクロスFを押したかった。ランカの歌は飛ばせないように使用化した。版権元からの依頼とかではない」

ということで、自分がただやりたいだけなことをすると、商品自体から悪臭がするといういい例でした。


面白くなかったゲーム、アニメ、映画や漫画は必ず心に刻みましょう。
面白かったゲームは誰でもわかるけど、何がどう面白くなかったのか。逆に、誰かがある商品を面白くないと言っていた時にちゃんと話を聞いて理解してあげること。

その時に「いや俺は面白いと思った」と反発しても何の意味もないからです。
リスク


怖いねぇ


これは悪い意味の言葉であるのは間違いない。
まぁわかりやすく言うと危険ってことだからね。


で、なんでそんな危ないものを負わないとゲームが作れないのか。


ゲームを作っていく上では様々なリスクがあるのは多分理解していると思います。


・薄給
・ザビ残
・デスマーチ
・これらによるストレス


なんてね。

実際そういう面もあるのはあるけど、まぁ常にどこの会社も工っていうわけではない。
時々そういうふうになる話があるくらい。
これは正直極端な部分を大きくしているだけで、あのその


なんで私がこれに関して言い訳しているんだろうか・・・。


はい。


リスクを負えというのはゲームの中でということ。

ゲームをプレイするときリスクがなければまったく面白いゲームにはなりません。

かの有名な桜井政博先生は言いました。

「ゲームにはリスクとリターンのバランスが大事である」と。

これは色々な講演で使ってるので聞いたことがある人も多いと思います。

桜井さんと作ったカービィでは、敵近づいて吸い込まなければ能力が手に入りません。

これがリスク。


敵にやられてしまうかもしれない。ダメージを受けてしまうかもしれない。


しかし、成功すれば能力が手に入りそれまでよりも敵を倒しやすくなります。


マリオもそう。必ず敵に近づかなければ前には勧めません。さらに敵を倒すには真上から踏むという
前後感覚とコントローラテクニックが必要になります。



ではRPGはどうか。

敵に攻撃すると、相手から攻撃が返ってきます。こちらがちゃんと相手を倒すダメージを与えないと
逆に、敵から攻撃され自分が死んでしまうかもしれないのです。
しかし、倒せばお金やら経験値がたくさん手に入ります。

しかも自分よりも強ければ強いほど多くのお金と経験値が手に入りますが、倒せるかというリスクがついてきます。


逆に全くリスクのない、リターンだけのゲームってあるんでしょかね。


あります。


ソーシャルゲームです。



作ってる私が言うのもなんですが、ゲーム内でのリスクってほとんどありません。
時間を使ってリターンを得ているだけです。


まぁちゃんと説明するとソーシャルゲームにもちゃんとリスクはあります。



課金っていう。

課金することで強いカードやユニットが手に入ったり。
逆にゲームオーバーしてなかったことにしてくれたりしますね。


まぁ今のスマホゲームはだらだら遊ぶことを目的としていて、そこに少しゲーム性を持たせているだけなので

こういう事を深く考えてしまう僕にとっては、パズドラも黒猫のウィズもおもんねーゲームの分類です。


で、これからどんどんゲームを作っていく上でどう考えるべきか。

・このゲームをプレイしてどんな利益やいいことが起こるのか。
 例)超きもちいとか、超感動するとか

・それを得るにはどういう危険が潜んでいるのか。
 例)難しい操作をタイミングよく出せたときとか、大好きなキャラを演出上殺さないといけないとか

あ、ゲーム中のお金をたくさん使わないといけないとかはリスクにはなりません。
桃太郎電鉄みたいにお金がなければゲームにならないのであれば別です。借金になってしまうリスクが見えてますからね。

なのでまずは


ゲームにおける危険な行為


という事を日頃から考えていれば、真新しいゲームが誕生するかもしれませんね。

最近のゲームは本当にカタルシスがないです。
だってほとんどソーシャルゲームだからね。

コンシューマのゲームだってシナリオもシステムにもカタルシスが感じられなくなって面白くない。


じゃあそもそもカタルシスってなんでしょうか。

さぁそこの文字を選択して右クリックからグーグルで検索してみよう!




「抑圧からの解放」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1417790634


だって。


んー、意味不明!


言葉からだと「抑えられていたものをとっぱらって気持ちよくなる感じ」ですよね。
実際じゃあゲームに落とし込まれている例を見てみましょう。


まずは名作ドラクエ5から。
この作品のすごいところは主人公が出産や結婚を体験するところがよく取り上げられますが、私が思うにそこじゃない。


最初ゲマに絶対勝てないところ

ここですね。


ネタバレですが、主人公と友に旅をしていた父親は自分が人質になったせいでゲマに殺されてしまいます。
目の前でね。


まぁ今までも主人公の目の前で父親に殺されるシーンはありました。
でもこのあと、主人公は10年間ナゾの塔を作るための奴隷にされてしまいます。

チチ シヌ オレ ドレイ

どこまでどん底なんでしょう。

ちなみにドラクエ5は各章が終わるたびにどん底に突き落とされます。

嫁が拉致されたり石像になって何年も人の家で守り神としておいておかれるも、最後ずさんに扱われたり。
堀井雄二先生何かあったんですか?って思うぐらい。


でもちゃんと後半ゲマと戦うシーンが用意されていて、その時に言われます。

やっぱりあの時殺しておくべきでしたね。」

みたいなことを言われます。


んーいいですね!本気でブッ〇したくなる悪ゼリフ。

このゲマかなり強いんですけど、それまでにちゃんとレベル上げや武器を手に入れていればなんとか倒せます。



そして父親の敵を取るのです。



これがカタルシス


自分の人生をひん曲げたゲマによって得た感情

「絶対に許せないけどあいつを倒す力がない・・・」←抑圧


            からの


「やったー、倒したぞ!念願がかなったぞ!」←解放

こういうことです。



なんでこれが必要なのか。


それはゲームを最後まで遊ぶ目的になるからです。


お気に入りのカードで最強のメンバーを作ろう!

これもひとつのカタルシスになっています。

----------------------------------------------------------------------
「あのカードが欲しいけど、手に入らない!」←抑圧

からの

「ガチャ引いたら出た!」←解放
----------------------------------------------------------------------
「ガチャで欲しいカードがあるがなかなか出てこない・・・」←抑圧

からの

「~万円使って出たー!」←解放
----------------------------------------------------------------------

最後のはなんか違う気がしますが、まぁ間違っちゃいないです。
尾崎豊も言いました、支配からの卒業をしたいと。(みんなガチャから卒業しようよ・・・)


そういうことです。

ただし

「このステージをクリアーしたいがクリアーできない」

は抑圧ではありません。
抑圧とはあくまで外的要因によって起こるのであり、自身の技術などからでは生まれません。
この場合は自分の下手さが悔しさに変わっているのです。だからクリアーしたい。

これはまた別の機会にお話すると思います。

とりあえずだらだら遊べたり、何回何十回と合成を求められる昨今。

いい加減くだらないやり込みはやめましょうよ。

作っている側もつまらないという Lose-Loseの関係だと私は思っています。


・これからゲームを作りたい人

・いまゲームの企画や仕様書で悩んでいる人。


あなたの頭の中に、継続プレイしてもらえるようなカタルシスは


入っていますか?
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