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ひっさしぶりです。

完全に忘れてました。


PS4を手に入れてからというもの、ゲームで遊びまくりまくってました。

デスティニーとか、デスティニーとか!!


で、最近のソーシャルゲームとかもいろいろやっていましたが、これからは共闘できるゲームじゃないとダメですよね。
って思いました。


この今更感!!!


携帯機で遊べる利点はやはり人に会いながら遊べる事
家庭用機で遊べる利点は大画面で大規模ゲームを遊べる事。


しかし、今はどちらも通信技術が必要とされています。これが開発規模を大きくしている要因であるのは間違いないです。
多分普通に一人で遊ぶだけのゲームを作るなら騒がれるほどでもないかもしれません。

そうでもないゲームもありますけども!

遊ぶんでもらえるためなら様々な要素を入れる必要があって、その要素を作る人たちが必要なんです。
何か一つの遊びだけを提供してもいいんですけど、最近はそれでは満足してもらえないんです。


「ユーザーは高精細なグラフィックに自由度の高い操作性なんて求めてない。楽しかったらいいんだよ」

という言葉はよく聞きますが


「だからその楽しかったらってなんやねんしばくぞ!」


てなるわけですよ。


で、最近思ったのは


「人と好き勝手に遊ばせておいたら、勝手に思い出とか出来て楽しいってことになるんだろうな」ってことです。


勝手に思い出ができるっていうのが大事で、意図しないプレイが笑いや楽しみに変わる瞬間があってそれがいいんだろうなって思う。

FF14とかもやっていたけども、正直作業でしかない。
敵の倒し方や技の出す順番などを頭に叩き込んで、間違えたら大変。
アイテムも自分が何かを手に入れて来れる保証もない。

そう言う限定的な「苦痛」を与えることがもうゲームとして厳しいんじゃないかなと。だってそれがないと遊べないんですから。


デスティニーはそう言った「苦痛」の部分をなるべく緩和していました。喧嘩が起きにくい。
ただ、それでもドロップ率とかはあるからどうしても手に入れられないモノとかも出てくるけど、何かしらはゴミでも手に入る。


そういう人の感情がどう動くかって結構海外では研究されているのかもしれないけど


いつまでたっても日本は討論して自分の考え方を押し通す方法ばっかり考えているなーって思う。

ある意味この日本のプランナーが一番頭固いかもしれない。
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